製薬企業が、新たなヘルスケア事業の展開として、健康食品への取組みが広がっています。本記事では各社の取り組み状況や、その背景などについて解説します。
製薬企業に期待する役割の変化
製薬企業においては、医薬品の「研究開発」、「製造販売」、「情報提供」といった役割が期待されていますが、こうした枠を超えて予知・予防、治療、予後といったペイシェント・ジャーニーを俯瞰した役割が期待されています。
一方、市場環境に目を向けると国内の医療用医薬品市場は薬価制度の見直しや、後発医薬品使用促進などの薬剤費を抑制する動きが進んでおり、開発戦略の見直しや非中核領域事業の売却、早期退職者の募集といった事業の再構築を行う企業が出現しています。
そうした動きの一つとして、ここ数年新たに健康食品市場に参入する製薬企業が相次いでいます。いくつかの事例を見てみましょう。
先発系企業の事例
小野薬品工業は、2021年2月、健康食品・機能性表示食品を主な事業とする子会社、小野薬品ヘルスケアの設立を発表、22年3月にDHA、EPAなどを含む睡眠サプリメントを機能性表示食品として発売しました。同社が医薬品研究で培った脂質領域での知見からイクラオイルと深海サメ肝油に着目、マルハニチロと水産物由来の機能性素材を使用した機能性脂質製品の共同開発に成功、深睡眠とレム睡眠の割合を増やすことで睡眠の質を向上させることが確認された日本初の臨床試験済み機能性表示食品(21年10月7日届出時点)となります。製品は公式オンラインショップやAmazon、PayPayモールで購入することができます。同社は、超高齢社会の進展に伴う様々な社会課題の解決に貢献するため、ヘルスケア分野におけるソリューションサービス事業に取り組むことを決定したと表明しています。
MeijiSeikaファルマは22年6月、「meiQua®(メイキュア)」シリーズの第一弾として、EPAやビタミンD、ビタミンB類等を成分とする健康補助食品の取り扱いを始めました。製品コンセプトは“医師に相談するサプリメント”です。厚生労働省の調査によれば、20歳以上の男性30.2%、女性38.2%が健康食品やサプリメントを利用しており、特に女性では年齢を重ねる毎に増加する傾向が認められます。
また、サプリメントの過剰摂取や、服用している医薬品との相互作用により、健康被害が生じることがあるため、医薬品を服用している場合は、サプリメントの摂取について、医師や薬剤師に相談すべきとされています。こうした背景から、「meiQua®」は患者さんの疾病や健康状態、生活習慣を把握しているかかりつけ医が、診療や日常の健康サポートの中で、患者さんに推奨するサプリメントとして、医師に相談の上購入する手法を用いています。具体的には、①医師から栄養成分の説明を受け、医療機関コードを入手、②専用サイトにアクセスし、医療機関コードを入力し製品を購入、③製品を受け取る-といった手順になります。
22年7月にはトーアエイヨーが栄養補助食品3製品を新発売しました。スペインの企業が開発した製品で、世界20か国以上で発売されている健康食品で、Amazonまたは医療機関で購入することができます。同社は、循環器疾患を中心とした医療用医薬品の提供を通じて培った経験を基に、疾病治療に加え健康維持の分野でも社会貢献を果たしていくことを表明しています。
小野薬品ヘルスケアは一般の方を対象としたB to C向け、Meiji Seikaファルマとは医師を介した患者さん向け、つまりB to B to C、トーアエイヨーはECサイトと医療機関であることから B to CもしくはB to B to Cとそれぞれ販路が異なっており、各社とも新たなビジネスモデルの構築に向けた取組みを模索している段階と言えるでしょう。
後発系企業の事例
東和薬品は21年12月、健康食品や一般食品等の企画・開発・受託製造を担う三生医薬の子会社化を発表、今年3月に買収を完了しました。21年5月に発表した中期経営計画の中で後発医薬品事業をコア事業としながら、健康に貢献するあらゆる健康関連事業の展開を目指し、健康維持・増進のための製品、サービスのさらなるラインナップ増加に取り組むことを表明しており、その一環となります。三生医薬は国内外の健康食品の受託製造においてトップクラスのマーケットシェアを有しており、健康食品で培った製剤・カプセル技術を健食・医薬品以外の新分野に応用する開発・製造・販売する事業を行っています。東和薬品は、TISが提供するクラウド型地域医療情報連携サービス「ヘルスケアパスポート」の協業販売を通じて個人の健康・医療情報プラットフォームの提供を進めており、後発医薬品に加え健康食品やサプリメントをラインナップに加えることで、健康維持増進から治療までのサービスの幅を広げ、地域包括ケアシステムへの貢献を果たしたい考えです。
サワイグループホールディングス(以下、HD)も21年5月に発表した中期経営計画の中で未病・予防領域においてロコモティブシンドローム、フレイル対策、認知症・⽣活習慣病予防といった、健康寿命の延伸をサポートする健康⾷品事業への参⼊を検討中であると表明しました。医薬品だけでなく、デジタル・医療機器、健康食品といった新規事業を通じた医療・健康情報の提供や活⽤により、⼈々の暮らしや健康、QOL向上に貢献することを目指すとしています。
その後、消費者庁が22年3月に公開した機能性表示食品の届出リストによれば、傘下の沢井製薬が生活習慣、歩行維持、アイケアを効果とした機能性表示食品3製品を届出ています。今後テストマーケティングを経て本格販売するとみられます。
後発系企業を巡っては、後発医薬品数量シェアの目標値にほぼ到達し、今後も一定程度の需要拡大が見込めるものの、毎年薬価改定等により収益確保が厳しさを増すことが予想されます。東和、沢井両社とも健康食品事業を新たな成長分野と見据え、今後も取組みを本格化していくことが予想されます。
女性向け健康食品への取組み
自社の得意領域を活かし、医療用医薬品に加えサプリメントの提供を通じて自社の付加価値を高める動きも活発化しています。代表事例として女性向け健康食品に取組む製薬企業の事例をご紹介します。
富士製薬工業は21年5月の新薬開発パイプライン説明会の中で、高付加価値の医家向けサプリメント市場への参入を発表しました。22年4月から女性活躍推進法が改正されたことに加え、同月より不妊治療の保険適用が始まるなど、働きたい女性が個性と能力を十分に発揮できる社会の実現に向けた取組みが進められています。一方、女性特有の健康課題が浮き彫りとなっており、生産性への影響も報告されています。こうした社会的な背景を踏まえ、月経困難症や月経前症候群といった疾患の認知向上、新製品の開発に加え、高付加価値の医家向けサプリメントの販売を目指すことを表明、21年11月に開催した決算説明会では、今期中(22年9月まで)の販売を予定していることを明らかにしています。。
参照元:経済産業省 健康経営®における女性の健康の取り組みについて(平成31年3月)
あすか製薬HDは22年7月、「女性の健康への貢献」に向けてフェムテックの推進に取り組む事を表明、東レ等と協業し女性特有の健康問題に関する正しい知識の提供や、機能性化粧品やオンライン健康相談、ホルモン分析サービスといった各社のユニークなフェムテック製品・サービスを体験できるワークショップや、健康状態を管理するデジタル・ウェルネスプラットホームの構築を柱とする経済産業省の実証事業を行うと発表しました。傘下のあすか製薬は、ヘルスケア市場の事業展開を推進するため各本部から独立した組織として「ヘルスケア事業推進室」を新設、調剤薬局・医療機関で買えるサプリメントを販売、20年には「女性ホルモン」に関する知見を結集し、女性特有のつらい症状で悩む方に寄り添い、サポートすることを目的としたウェブサイト「女性のための健康ラボMint⁺」を立ち上げるなど、情報提供の充実を図っています。
※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
まとめ
矢野経済の調査によれば、20年度の健康食品の市場規模はメーカー出荷金額ベースで前年度比0.4%増の8,659億、21年度は2.5%増の8,803億円と推計しています。また、20年度の機能性表示食品の市場規模はメーカー出荷金額ベースで3,044前年度比19.7%増の3,044億円、21年度は7.7%増の3,278億円と推計しており、いずれも拡大基調にあります。健康食品は1991年のトクホ制度、2015年の機能性表示食品制度といった法整備が進んだことに加え、新型コロナ感染拡大の影響で、消費者の健康意識が高まったことや、コロナ禍での在宅時間の増加、運動不足による肥満傾向、ストレスの増加といった健康面での不安といった背景から、国民の健康志向の高まりもあり、今後も市場拡大が続くことが予想されています。また、医療用医薬品と比較すると参入障壁が低く、価格戦略も柔軟に設定できることも製薬企業にとっては魅力的と言えます。医薬品開発、販売ノウハウを活かし、既存の健康食品専業企業とどう差別化していくか、製薬企業の手腕が注目されます。
執筆者紹介
第1事業本部 営業企画部 マネージャー
業界経験を活かし、アウトソーシングの立場で、製薬企業の市販後サービスを中心に様々なニーズを踏まえた、最適なソリューションの提案、コンサルティング等の業務に携わる。診療報酬、医療制度、医薬品適正使用、情報提供のあり方等をテーマに業界誌に多数執筆、企業等での外部セミナー講師も担当。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会・認定登録コンサルタント
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