健康診断の受診を拒否する従業員への対応法を解説
- 2022.07.01
- 予知・予防 , 医師監修
- ウェルネスの空 編集部
中小企業の人事労務担当者の中には、従業員に健康診断を断られるなど、スムーズに受診してもらえないと悩んでいる方も多いのではないでしょうか。本記事では、健康診断の必要性やその対象者、また従業員が健康診断を嫌がる理由と対処法、受診率を上げるための施策を紹介しているので参考にしてください。
健康診断は労働安全衛生法で定められた義務
健康診断は労働安全衛生法で義務として定められています。「労働安全衛生法第66条」を参照すると「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。」と明記され、さらに「(中略)労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。」とある通り、事業者・労働者の双方に健康診断を実施・受診する義務が課せられています。
なお、健康診断の時期や内容については「労働安全衛生規則第43条、44条」により、雇入時および年1回、既定の診断を実施するよう事業者に義務付けられており、労働者は基本的に受診を拒否することはできません。
(参照元:労働安全衛生法に基づく健康診断の概要)
健康診断の対象者
前述の通り、労働安全衛生法では「常時使用する労働者」を雇入時および定期的な健康診断の対象者として定めています。
ただし、「特定業務従事者」や「海外派遣労働者」はこれらの健康診断ではなく、別に定められた時期・項目で健康診断の受診が必要です。例えば多量の高熱・低温物体や放射性物質、水銀・砒素といった有害物を取り扱うほか、病原体の感染の恐れがある業務などが特定業務とみなされ、従事者は配置替えの際と6か月に1回の診断を義務付けられます。
また、海外に6か月以上派遣する労働者は、海外派遣労働者に当たるため、派遣する際と帰国後のタイミングで健康診断の対象となります。また、「事業に附属する食堂または炊事場における給食の業務に従事する労働者」は、給食従業員の検便を実施する必要があります。
(参照元:労働安全衛生法に基づく 健康診断を実施しましょう ~労働者の健康確保のために~)
健康診断を嫌がる理由ごとの対処法
従業員が健康診断を嫌がる場合、代表的な理由としては次の5つが考えられます。
- 診断結果を見られたくない
- 会社指定の医師の診断を受けたくない
- 忙しくて診察を受ける時間がない
- 検査自体に抵抗感が大きい
- 結果を知るのが不安
これらの理由の根底には、従業員ごとにさまざまな事情があります。企業はそれぞれの受診を拒否する理由を深掘りして理解し、対処していくことが必要です。
診断結果を見られたくない
診断結果を見られたくない従業員の心理としては、会社や周囲の人間に対して、持病の有無や体型の情報を知られたくないというものが考えられます。
持病を知られれば、社内での立場が悪くなったり、出世を阻まれたりする可能性があることや、体重や腹囲といった体型の情報を知られることで、ハラスメントの心配をする従業員もいるでしょう。会社はこのような従業員の事情を理解し、プライバシーに十分配慮する必要があります。
2019年4月より健康情報等の取扱規定を策定することが義務化され、企業は従業員の健康情報を取り扱える者と、扱う範囲について権限を定めなければなりません。このような個人情報の保護体制を従業員に周知・説明し、不安を取り除くことが解決策となります。
会社指定の医師の診断を受けたくない
会社指定の病院で診断を受けたくないという従業員は、指定病院についての悪評や過去の診断結果が信用できない、病院や医師の対応が悪いことなどが原因と見られます。
このような従業員に対しては、各人が信頼する任意の病院で受診してもらい、診断結果を会社へ提出するよう指示することで解決できます。労働安全衛生法第66条では、事業者が指定した医師による健康診断の受診を希望しない場合には、他の医師による診断結果を提出することでも受診義務を果たせることが明記されています。
(参照元:労働安全衛生法に基づく健康診断の概要)
忙しくて診察を受ける時間がない
業務量が多いことや繁忙期であることを理由に、診断を受ける時間がないという従業員も少なくありません。この場合、受診は従業員の義務であることを説明し、時間の余裕にかかわらず受診しなければならないことを理解させる必要があります。従業員が受診を福利厚生の一環であり、義務ではないと勘違いしている可能性もあるので、義務の存在を明確にすることが大切です。
その上で、勤務時間内に受診できるよう会社側が設定します。業務の都合で時間を取りにくいことも考えられるので、受診日を選べるよう候補を複数設けましょう。また、事業所の外で健康診断を行う場合には出張扱いで交通費の支給を行うなど、会社が体制を整えて、受診を促すことが大切です。
検査自体に抵抗感が大きい
検査に抵抗感のある従業員は、採血時の痛みや気分の悪さ、他の従業員に注射を痛がる・怖がるところを見られるのが嫌であることが主な原因です。採血時の痛みや、検査に伴う不調をなくすのは難しいものの、これらの負担を軽減するためにベッドへ横になった状態で採血するといった配慮の行き届いた病院や医師を選定し、事前に必要な措置を相談しましょう。
また、他の従業員からの目が気になる場合には、パーテーションを設置するなどの対策が有効です。検査は義務であることを伝えつつ、従業員の悩みに寄り添う姿勢を見せることで、受診に前向きになってもらえます。
結果を知るのが不安
従業員の中には大きな病気が見つかるのが怖いといった理由で診断結果を知ることが不安という人もいます。しかしながら、本当に怖いのは気付かない内に病気が進行することです。病気の早期発見を可能にするため、仮に発見しても早期治療で安心につながることを説明し、理解してもらいましょう。
それでも不安を理由に拒否される場合には、従業員の事情にかかわらず会社の法令遵守のために受診の義務があることを周知・教育し、検査を受けてもらうよう促すことが必要です。
健康診断の受診率を上げるための施策
健康診断の受診率を上げるには、就業規則に健康診断の受診義務を明記することや、受診時期の見直しが有効です。
就業規定に健康診断の受診義務を盛り込む
就業規則に健康診断の受診を義務とすることを明記しておけば、受診拒否を理由として懲戒処分の対象にできます。健康診断の受診は、前述の通り労働安全衛生法で義務とされていることから、受診しない従業員がいることは会社が法令違反の罰則を受けるリスクとなります。
基本的には、従業員に健康診断の必要性を理解してもらい、進んで受診してもらうことが最もよい解決方法です。一方で、受診が義務であることや受診拒否により会社がリスクを負うこと、受診拒否が懲戒処分の対象となることを十分に周知し、その知識がない従業員に対しては教育する必要があります。
受診時期を見直す
前述の通り、受診率が上がらない原因として、受診日に繁忙期が重なってしまうことが挙げられます。受診したくても業務スケジュールが詰まっていたり、生産ラインを止めることが不可能であったりするなど、現場のそれぞれに事情があります。閑散期に全社員で一斉に健康診断を行うのが理想ですが、部署ごとに繁忙期が異なることも考えられるため、部署別に受診時期を設定するのがよいでしょう。
また、どうしても繁忙期を避けられないという場合には、部署内で受診日を調整してローテーションで受けるなどの工夫が必要です。
まとめ
健康診断は、労働安全衛生法で義務として定められていることから、従業員は必ず受診しなければなりません。基本的には、従業員に受診を拒否する権利はないので、会社は受診が義務であることを説明し、検査を受けるよう促しましょう。従業員が受診を嫌がる理由には、さまざまな事情があり、それぞれ適切に対処していく必要があります。
受診を促すには、会社が従業員の気持ちを理解し、寄り添う姿勢を見せることが大切です。業務が多忙となる繁忙期と受診日が重ならないように調整するなど、受診しやすい体制を整えましょう。
また、就業規則へ健康診断の受診義務を盛り込むことで、受診が義務であることを周知でき、受診率の向上につながります。従業員に受診してもらえないことにより、会社側が法律違反となるリスクもあることを説明することも大切です。また、どうしても受診してもらえない場合には、就業規則に明記しておくことで、懲戒処分とすることも可能です。
従業員の受診状況が不適切である場合、会社が法令違反として罰則を受けることもあるため、このようなリスク回避のためにも、受診率が向上するよう積極的に取り組みましょう。
この記事の監修医師
甲斐沼 孟先生( TOTO関西支社健康管理室産業医)
労働安全衛生法66条5項にて、労働者には健康診断を受診する義務が明記されていますが、現実的には会社で実施する健康診断を拒否する人が存在し、その拒否理由も実に様々な事情がありますので、企業側は「この従業員は、なぜ健康診断を受診したくないのか」という理由を個別に見極めて対応する必要があります。
従業員が健康診断を断固として拒否する場合には、「業務命令違反となって懲戒処分をすることになる」と宣告して受診を促すことで、殆どの従業員は健康診断を受診します。
また、健康診断未受診者を放置すると、その従業員の健康状態が仮に悪化した際に従業員から損害賠償請求訴訟を起こされて、経営者側が安全配慮義務違反で責任を問われてしまう可能性があります。
ですから、事前に「再三の命令を受けたにも関わらず健康診断を受診しませんでした」などの念書を本人に直筆で書いてもらうことが重要です。
この記事は、医療健康情報を含むコンテンツを専門医がオンライン上で確認する「メディコレWEB」の認証を受けています。
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