コロナ禍を受け、製薬企業各社はMRを軸とした情報提供から、ウェブ講演会、メール、オウンドメディア等の様々なデジタルを活用した情報提供へとシフトが進んでいます。ここでは製薬各社のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を活用した疾患啓発等の情報提供の取組みについて、最近の動向をまとめました。
日本におけるSNS利用状況
総務省情報通信政策研究所が2021年8月に公表した「令和2年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によれば、2020年における日本国内のSNS利用率は73.8%で、前年より4.8%上昇しています。
また、利用率がもっとも高いSNSは「LINE」で、90.3%、次いで「YouTube」85.2%、「Twitter」42.3%、「Facebook」31.9%の順でした。
表 主なソーシャルメディア系サービス/アプリ等の利用率(全世代・年代別)
(引用元:総務省情報通信政策研究所「令和2年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」)
製薬企業におけるSNSを活用した疾患などの情報提供の事例
製薬企業の情報提供活動は薬機法をはじめさまざまな法律や業界ルールによって規制されていますが、各種SNSの特徴に応じて、伝えたい情報を適切に発信することが可能と考えられます。ここからは、主なSNSを活用した製薬企業の情報提供の取組みについてご紹介します。
LINE
LINEは、月間利用者が9,000万人を超える国内で最も利用されているコミュニケーションツールであり、製薬企業においても早い段階から医療関係者に対する情報提供手段として利用されています。
例えば、アストラゼネカは2015年12月にLINEの公式アカウントを開設、医療関係者を対象とした会員制サイト「MediChannel」の登録会員に対し、医療関係者向けセミナーやイベントの開催情報、製品に関するQ&A等の配信を始めています。
(引用元:アストラゼネカ 2015年12月25日付プレスリリース)
また、ブリストル・マイヤーズ・スクイブは2020年8月、LINE公式アカウントを開設、がん領域を対象とした医療関係者向けの情報提供を開始しました。 製品情報や過去に配信した記事に加え、動画ライブラリーや関連学会の情報に加え、MR訪問リクエストや製品に関する問い合わせが可能です。
(引用元:ブリストル・マイヤーズ・スクイブ2020年8月5日付プレスリリース)
コロナ禍を受け、LINEの子会社ワークスモバイルジャパンが提供する企業向けのビジネスチャットLINE WORKSを導入する製薬企業が増えています。
中外製薬は2020年9月、MRなどの約2,400名の社員が、LINE WORKSを用いて医療関係者と双方向でコミュニケーションを行うための新たなツールとして利用を開始したことを発表しました。
(引用元:中外製薬2020年9月1日付プレスリリース)
同社は、MRを中心に、約1,000名の医師とのコミュニケーションにLINE WORKSを▽アポイント取得、▽オンライン面談予約、▽Web講演会の案内などの情報提供、▽チーム医療に関するオンラインワークショップの運営-などに活用しています。同社によれば、LINE WORKSを導入した理由として、LINEを使っている医師が多いことから、LINEとつながるLINE WORKSであればスムーズな導入が可能であることを第一の理由として挙げています。またメールと違い、相手がメッセージを読んだ時点で既読が分かるため、副作用情報など喫緊の対応が求められる情報提供の際に有益であること、管理面ではログが取得できることや、ISO認証による高いセキュリティを上げています。
(引用元:LINE WORKSホームページ)
YouTube
YouTubeはGoogleが運営する世界最大の動画投稿を目的としたSNSで、他のSNSと比べて50代以上の利用率も高いとされ、月間6,500万人のユーザーが利用しています。
企業がYouTubeを活用する利点として、まず画像や音声、音楽等を用いることで視覚的に訴求することができるため、文字や画像よりも説得力の高い情報を提供できることが挙げられます。また、▽チャネル登録をしてもらうことで、視聴者との接点が得られ、企業と個人との距離感を縮める効果が期待できる、▽チャネル登録者数が増えることで、企業名や企業活動の認知向上、ブランディングの向上にもつながる-といった利点が挙げられます。
製薬業界においても、テレビコマーシャルで企業紹介を行う企業が増えている印象ですが、YouTubeにテレビコマーシャルをそのまま投稿することもできますし、メイキング動画を掲載することで、企業の取組みをより身近に感じてもらうことも可能となります。
国内大手では、武田薬品工業が2019年11月にコーポレートチャンネルを開設、研究開発、グローバルヘルス、製造、疾患啓発等、様々なグローバルの活動を取りあげています。
(引用元:武田薬品工業ホームページ)
YouTubeを活用した疾患情報発信の取組みとして、ノバルティス・ファーマをみてみましょう。同社のホームページでは、メラノーマ、加齢黄斑変性症、強直性脊椎炎、COPD、乾癬など、疾患について理解を深めるための30を超えるコンテンツを掲載、こうした病気を抱える当事者のインタビュー記事とともに、YouTubeによる動画も閲覧できるようになっており、視聴者の疾患に対する知識を高めたり、病気を疑う視聴者が受診に繋がるきっかけとなるような構成となっています。
(引用元:ノバルティス・ファーマ ホームページ)
Twitterは140文字以内という制限がある一方、他のSNSと比較してシェアされやすい、拡散性が高いことから国内ではLINEに次ぐユーザー数(4,500万人)を有しており、製薬企業においてもマーケティングチャネルの一つしてTwitterを公式アカウントとして採用する企業が出てきました。
最近の事例では、2022年4月、科研製薬は公式Twitterアカウントを開設、同社の企業情報に加え、疾患啓発に関する取組みや患者とその家族に役立つ情報を発信していくとしています。Twitterページでは、同社のわき汗(ワキの多汗症)の基礎知識や治療法、相談・受診できる病院検索、汗かき指数などのオウンドメディア(ワキ汗治療ナビ)と連携、ワキ汗に悩んでいる方が病気であることに気づき、受診するきっかけとなる情報を日々配信しています。
(引用元:科研製薬2022年4月4日付ニュースリリース)
また、2022年11月、あすか製薬ホールディングスは公式Twitterアカウントを開設、株主/投資家向けページや、決算説明会資料等のホームページへのリンク、あすかアニマルヘルスのニュースリリースの公開の案内など、同社の医薬事業以外の紹介を通じて、トータルヘルスケアカンパニーとしての認知を高めていくという狙いが読み取れます。
(引用元:あすか製薬ホールディングス2022年11月1日付ニュースリリース)
上述の2社に先立ち、塩野義は2021年3月に公式アカウントを開設しています。感染症やコロナなど主業の医薬事業に関する情報はもちろん、同社がテレビスポンサーとなっている音楽番組の情報や、一般公開していない植物園の絶滅危惧種や希少植物の保全活動の取組み、ソフトボールチームの情報など、グループ会社のニュースリリースや様々な取り組みを幅広く紹介しており、3,500超のフォロワー、1,000超のツイートを有しています。
(引用元:SHIONOGIグループ ソーシャルメディア日本語公式アカウントページ)
Twitterは文字数制限があるため、疾患や医薬品に関する情報提供には限りがあり、詳細は企業リンクに遷移させるやり方を取っています。企業自体を多くの人に知ってもらうことで、ブランディングの向上につなげたいという目的で活用されていると言えるでしょう。
その他のSNS
Facebookは、40代、60代での利用率がLINEに次いで高いという特徴があり、ビジネスの話題など中高年齢向けの情報発信に優れたSNSとされています。
また、個人アカウントとは別に、Facebookページと呼ばれるビジネスアカウントを開設することができ、Facebookにログインしていない人も閲覧が可能であり、Google検索で表示されるため、幅広く情報提供できるという利点もあります。
例えば住友ファーマは、疾患啓発活動や社会貢献活動、採用活動、ウェブサイト情報等を掲載しています。具体的には1997年から新聞に掲載していた「健康常備学」というコラムを毎週掲載、「軽い胸やけ」、「ストレス」、「歩く」といった日々の身近な話題をテーマにした情報を毎週配信しています。また、学会展示ブースでの誤飲防止の啓発活動やSDGsの取組み等を紹介しています。
Twitterは、1つの投稿の文字数は140字までという制限がありますが、Facebookは少し長めの文章に写真や動画を組み合わせた投稿が可能であり、表現の幅が広がる点で他のSNSとの使い分けが可能になると言えます。
(引用元:住友ファーマ facebook)
Instagramは投稿をシェアする機能がないため、他のSNSと比べて拡散力が低い反面、TwitterやFacebook上で簡単にシェアすることが可能な点で、他のSNSとの連携に優れていることや、時系列でなく独自のアルゴリズムに沿った順番で投稿が表示されるといった特徴があります。また投稿にハッシュタグをつけることで同じハッシュタグのついた投稿を一覧で閲覧できるため、ユーザーにとって情報を整理して確認しやすいという利点も挙げられます。製薬企業では、上述した塩野義がTwitterと同時にInstagramの投稿を開始しています。
先にあすか製薬ホールディングスのTwitterの事例をご紹介しましたが、子会社のあすか製薬は2022年5月に公式Instagramを開設、ここでは女性のからだのしくみや甲状腺などヘルスケア情報、特に女性の健康に関連する話題を取り上げて情報発信しています。総務省の調査においても若年層のInstagramの利用率が高いことから、訴求したい内容に応じて、戦略的にSNSを使い分けていることがうかがえます。
(引用元:あすか製薬 Instagram)
まとめ
製薬企業においては、コロナ禍を受け様々なデジタルを活用した情報提供へとシフトが進んでおり、一例としてSNSを用いた疾患情報提供の取組みについてご紹介しました。SNSによっては文字数の制限など配信には限界がありますが、企業各社は製品情報に留まらず、疾患情報や社会貢献活動など、企業自体の知名度・ブランディング向上を目的としてSNSを活用しているケースも多くなっています。
医療現場に目を向けると、2024年4月から医師の時間外労働時間について上限規制が設けられることとなり、医療機関内のマネジメント改革やICT技術を活用した効率化や勤務環境改善が求められており、医師の情報収集の手段も変わっていく事が予想されます。製薬企業がSNSを活用した情報提供に取り組むことは、医師の働き方改革の支援にも繋がることが考えられ、更なる今後の活用の広がりが注目されます。
執筆者紹介
第1事業本部 営業企画部 マネージャー
業界経験を活かし、アウトソーシングの立場で、製薬企業の市販後サービスを中心に様々なニーズを踏まえた、最適なソリューションの提案、コンサルティング等の業務に携わる。診療報酬、医療制度、医薬品適正使用、情報提供のあり方等をテーマに業界誌に多数執筆、企業等での外部セミナー講師も担当。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会・認定登録コンサルタント
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